蓄音機 ─言葉とか催眠とか─

催眠が好きです。言葉や催眠や文具、その他面白そうな事について、ああとかこうとか書いて行こうと思います。

させられる「師」たち ─催眠の抽象的な話─

 時々お世話になるマッサージ師のお兄さんがいる。
 初めの頃こそ「まとも」なふりをしていたお兄さんだが、実のところかなり変だ。やがてわたしも変であると判ったらしく、遠慮なく変な話を変な話し方でするようになった。


 お兄さんはわたしの催眠趣味を知っている。信じていないし知識も無いけれど、理屈はとても飲み込みよく理解している。こういうところも変だ。

「こうやって他人の好き勝手にいじり回されるのって、なんか変な話ですよね」
ある時、施術中にそんな事をぽろっとこぼした。
 するとお兄さんは、あからさまに残念な人間を見る目をしてこちらを見下ろしてきた。
「はぁ?」
こういう時のお兄さんは容赦がない。たいていのお客に対しては猫をかぶっているくせに、脱ぎ捨てた後はかなりひどい。
「おれの好き勝手じゃないっすよ」
論理的でありながら言葉が足りないのもお兄さんの特徴だ。
 それでも、言わんとしている事はいつもピンと来る。感覚が近いのかもしれない。
「そうか。お兄さんの勝手じゃないか。わたしがさせてるんですもんね」
「そう」
わたしがお金を払ってやらせている──という意味では、もちろんない。思うに、これはとても催眠っぽい理屈なのだ。

 催眠の知識がほとんど無いお兄さんに通じるように、回りくどい喩え話をすることにした。
「アメフトわかります?」
「全く」
「わたしも漫画の知識ですけどね。面白い話があるんです。
...アメフトは大雑把に言うと、ボールをゴールラインまで運べたら点が入るゲームです。で、ボールを抱えて走って運ぶ役の人がいるんですけど、敵側はその人を通せんぼしたり、後ろから飛びついたりして止めようとします。つまり、走ってくる人に敵側が対応してブロックするわけです。」

でも、とわたしは核心に入る。
「ブロックが上手いチームは選手の配置を工夫して、あえて隙を作るんだそうです。その場合、ボールを持った相手が『ここなら通れる』と思って選ぶルートは全て敵がわざと用意したもので。そして、ルートの出口に当たる部分で待ち伏せすれば......」
「相手が動いてから対応するんじゃなくて、レールを敷いてその上を走らせちゃうんだ。へぇ」
お兄さんは合気道を始め、いくつか武道をやっている。こういう話には食いついてくれるだろうと踏んでいた。武道と催眠も、たぶん近い。
「選んで走ってるつもりで、走らされてるんですよ。面白くないですか?結局お兄さんの施術もそういうことですもんね」
「ほう。と言うのは?」
相槌の打ち方で、お兄さんが少し面白がっているのがわかる。通じていて、かつ彼にとって当たり前過ぎなかったことにホッとした。

「わたしが──もっと言うと、わたしの身体が、かな。身体がお兄さんの行動を決めてるんですよね。身体がどこかしらおかしくて、お兄さんはそれに応じて自分で判断して好き勝手施術するわけじゃないですか。それは好き勝手に見えるけど、その実、主導権は患者側にあるっていう」
「はい。そういうことっすよ」
「なんかですね、催眠もわりとそういうところがある気がするんですよ」
「ほう」
催眠を信じていないくせに、催眠の話が出てもお兄さんのリアクションは変わらない。他の知人の反応を考えるに、これは実はなかなか珍しいんじゃないかと思っている。
「催眠の中でも、催眠誘導......えーっと、『立てなくなる』『レモンが甘くなる』とかの暗示部分じゃなくて、暗示が通るような『催眠状態』にするための導入の部分が特にそうなんですけどね。
 相手の性格とか、かかりやすさとか、その時点での状態を見極めて適切な言葉や動作をぶつけるんです。常に最適解を探してるような感じで......掛ける側をやっていて、最適を考えれば考えるほど、『これはわたしが掛けていると言えるのか?』みたいな気分になってきまして」
「んん?催眠術師が掛けてないなら、誰が掛けてるんですか?」
「あ、えーっと、掛けてるは掛けてるんですけど......」
慌てて言葉を整理する。
 お兄さんは沈黙を気にしない人だ。いくらでも待ってくれる。会話を止めてみると、店内のBGMがもう二周目なのに気がついた。曲数が足りていないんじゃないだろうか。
「主客の問題、ですかね。たいていの掛け手は、いつも最適を探します。自由に選んでいるように見えて、掛かり手に選ばされているんです。『そういうふうに掛けている』んじゃなくて、『そういうふうに掛けさせられている』んですよ。
 なぜか世間的には掛け手の方が立場が上に思われてるみたいなんですが、違う気がしてるんですよね。わたしは掛かり手もやってるんですけど、上手な掛け手の人にやってもらうと、あまりに『好きにしていい』からびっくりするし、すごくストレス解消になりますよ」
「治療家は、世間的にもお客さんより立場下って見られてる感じありますけどね。好きにしていいからストレス解消になるっていうのは、おれ的にもかなり『そうだな〜』と思うかな」
「......お兄さんは、マッサージ屋さん行ったりするんですか?」
のらりくらりとした摑みどころの無いお兄さんから『ストレス』なんて単語が出たものだから、思わず尋ねてみる。
「行かないです。みんな下手くそだから」
「…………お兄さんって、そういうところありますよね」
「そういうとこって何っすか」
 言葉選びに容赦が無いのもまた、お兄さんの特徴である。