きみにロマンはあるか
目の前であの子が食べる、コーヒーゼリーのサクランボを見てふと話し出したことだった。
「生まれて初めてお店でバニラアイスを食べたときにさ」
『あの子』というのは、ツイッターでは『かわい子ちゃん』なんて称することもある友人である。クールで、取りつく島がなくて、猫に似ている。
「アイスにサクランボが乗ってなくてがっかりしたんだよね。ぼくが知ってるバニラアイスは、キレイな半球のアイスがガラスの、こう、脚のついた器に盛られてて、ウエハースが刺さってて、真っ赤なサクランボが乗ってるやつだった。あのサクランボって缶詰の、多分染めてあるから真っ赤なやつなんだけど、バニラアイスのサクランボはぼくのなかでアレだったんだよね。」
言ってる端から、あの子はサクランボを無造作に口に入れた。相槌すら打たない。
いつものことなので、気にせず続ける。
「そのお店で出てきたバニラアイスは、おしゃれな百合の花の形した器に盛ってあって、半球じゃなく何度もスプーンで削って重ねた盛り方で、ウエハースの代わりにゴーフルの皮だけみたいな三角形のやつが刺さってて、サクランボはなかった。サクランボがないのには、すごくがっかりしちゃった。」
話す間にあの子は邪魔なサクランボを片付け終えて、生クリームと一緒にコーヒーゼリーをすくい始めていた。
「思わず『サクランボがない』って母親に言ったら、店員さんが聞いてたみたいで。サクランボを乗っけに来てくれたのね。それもちゃんとしたサクランボ。缶詰のじゃない、佐藤錦とかそういうかんじの。
でも違うんだなぁ。ぼくは缶詰の、真っ赤に着色された、そんなに美味しくもないあのサクランボを乗せてほしかった。あれはロマンの問題なんだよ」
「ロマン...」
あの子はちょっと興味が湧いたのか目を上げた。
ぼくは勢い込む。
「そう、ロマン。バニラアイスのサクランボはロマンなんだよ。ウエハースもちょっとロマンかな。ロマンってどういうことかわかる?」
あの子は無言でぼくの目を見つめる。ぼくはふむ、と考えて、熱っぽく話し始めた。
「たとえば、包装紙の両端がねじって閉じてあるタイプのアメ。こう、両方で引っ張るとクルクルって開くやつ。あれはロマンだな。あと棒付きキャンディー。あれもロマン。食べきれないんだけど見かけると買っちゃうんだよね。そんなに美味しくないけど買っちゃう。棒付きキャンディーは、『巻いてるやつ』がいいのよ。たまに巻いてないただの平らなキャンディーで、キャラクターがプリントされてるやつとかあるけど、許せないね」
あの子はゼリーをもそもそ咀嚼しながら、なんとなく話に着いて来始めた。
「棒付きキャンディーが巻いてないとダメっていうのは、わかる」
ぼくは嬉しくて、さらに話す。
「あとはね、メロンパン。小さい頃朝ごはんにメロンパンを出すとき、お母さんはナイフで四等分にして出してくれたんだけど、あれは許せなかった。メロンパンのロマンは丸ごとかじることなんだよ。
あと、板チョコかな。銀紙に包んであるやつ。あれをお母さんは律儀に一ブロックずつになるように割っちゃってさ、すごくがっかりした覚えがあるよ。板チョコは銀紙を剥きながら、丸のままかじり付きたい。......ロマンの意味、通じてる?」
「多分」
返事はそっけないが、考えてくれているのがわかる。ぼくは、そもそも聞きたかったことをやっと持ち出した。
「きみには、ロマンってある?」
尋ねてみると、あの子は難しい顔をした。両目を細めて眉間に深く皺を寄せる。
長い長い沈黙を辛抱強く待つと、確信なさげな口調で答が返ってきた。
「.........千歳飴、は、丸ごと食べる。端からしゃぶる」
「えっ、千歳飴丸ごと食べるの!?」
ぼくはいつものように、気持ち大げさにリアクションをとる。感情の動きの乏しいあの子とは、これでバランスを取っている気分なのだ。
あの子は一方、怪訝そうだ。
「丸ごと食べないの?」
「千歳飴が来たらまず、お母さんがハンマーで細かく砕いてタッパーに入れるよ」
「...そうなの?」
「食べづらくて減らないからってさ。...うん、でも丸ごとっていうのもわかる。千歳飴もロマンだ」
「......万年筆も、ロマン?」
「そう、ロマン。羽根ペンもガラスペンもロマン」
通じているようで、ぼくはにっこりした。
「ソフトクリームがコーンに入って出てくるのもロマンだな。たまに皿に盛ったり、カップに入れるお店もあるけどあれは許せない」
「──りんご飴、多分そうだな」
「ん?りんご飴がロマン?」
「うん」
あの子は小さく頷く。目は合わせてくれない。
「わかる、うん。りんご飴」
ぼくは笑って大きく頷く。
「綿あめもロマンだな。たまーにコンビニとかでパッケージにぎゅうぎゅうに詰めて売ってることあるの知ってる?ユザワヤで買える、ぬいぐるみに詰める綿みたいな売り方してるやつ。あれはロマンじゃない。お祭りにはロマンが多いなあ。お祭り自体がわりとロマンだからかな」
気付くと、あの子はコーヒーゼリーをすっかり食べきっていた。サクランボの種と軸は、きれいに畳まれたナプキンの中だろう。
ふと見ると、あの子は何やら向こうのテーブルをじっと見ていた。つられて振り返ると、ウエイターが料理と飲み物をテーブルに下ろしている。
「あれも、ロマン?」
あの子がぼそりと問う。一瞬何のことかと思ったが、そのテーブルの上を見てすぐに得心が行った。
「うん、そう。あれはロマン」
真っ赤なサクランボの乗ったクリームソーダが、向こうでシュワシュワいっていた。
ごあいさつ ─具体的な─
ごあいさつ ─詩的な─
文章を書くのが好きです。
読むのも聴くのも好きですが、書くのは特に楽しい。作品を作るということでなくても、文を作るという行為、それ自体が楽しいのです。たぶん、鼻歌をうたうのが好きな人に似ています。
鼻歌のようなその場限りの文章でなく、読み返しを前提として書くこともあります。それは、心の動きをとっておきたい場合です。心の動きを、なるべくそのまま文にする。そうしてとっておくのです。
蓄音機は、音をそのまま波にしてとっておくそうです。
そうして再生したいときには、針が波をたぐり寄せながら音に戻して滑ります。
それならば、心の動きは波の代わりに文にして、あとから針でたぐり寄せれば良いんじゃないか。
針の代わりは「読む人」です。だからここの呼び名は「蓄音機」、そうしておこうと思います。
2016.3.18